もし、約12年前にベッドの上で絶望していた自分に声をかけれるとしたら、どんな事を伝えるだろう?
交通事故で脊髄を損傷、医者から一生歩けないと言われ、当時の自分は間違いなく人生のどん底にいた。
でも約12年経った今、平気で幸せを感じながら過ごす事が出来てる。
身体の状態は特に変わっていないし、自由に動けるようになった訳ではない、まだ車椅子のままだ。
トレーニングをしているので多少筋肉はついたと思うけど。
12年という歳月の中で、この体でどうやって生きていけばいいのかという「生き方マニュアル」みたいなものが出来てきて、それに沿ってやれば大体のことはうまくいくようになってきた。
もしその”マニュアル”を12年前ベッドの上にいる自分に手渡す事ができたなら、、、
これまでの12年間はもっと短く済んだはずだし、絶望して生きる気力が無かった期間も短かったはず。
だから同じ障害を抱えている先輩から話を聞くことは、とても大切なことなんだと思う。
当時の自分にはとにかく情報が少なかった。
そこで今回は「当時ベッドの上で絶望していた自分に、”今”伝えたい事」をテーマに書いていこうと思う。
今でも世界のどこかのベッドの上で、同じように絶望しながら天井を眺めている人がいるはず。
そんな人に参考にしてもらえて、前を向くきっかけになれば嬉しいと思う。
人と比べてしまうのはよくわかる
自分がこうやってベッドにいる間、同年代の人はバリバリ働いて、飲みに行ったりスポーツしたり、結婚したり。
それに比べて自分はどうなんだ。
毎日毎日、足が動くようになる訳じゃないのにリハビリばっかり。
生きるための基礎的な事を練習しなきゃいけない、赤ちゃんの時にやったはずなのに。
そんなこと考えるのよーくわかるよ。
考えるなと言っても考えちゃうんだよね。
”人と比べてもしょうがない自分の人生を生きろ”
そんな事はわかってるんだけど、人間比べてしまうものなんだよね。
だからもう認めてしまうしかないんだと思うよ。
「比べてしまうのはしょうがない、でも比べてもしょうがない、さあ自分の人生、生きよっ。」
そんな感じに思っておけばいいんじゃないかな。
それに、形は違うけどみんな苦しんでいると思うんだよ。
いろんな問題を抱えて、人それぞれ課題があって生きてる。
自分だけじゃないんだよね。
人それぞれいろんな人生があって、同じ人生なんて1つもないから、比べてもしょうがないんだよね。
だから自分の人生に集中しよう。
自分の課題を解決することだけに集中しよう。
出来ないことに執着せず、出来ることに焦点を当てる
でも前に普通に出来ていたことが出来なくなると悔しいよね。
本当に悔しいんだ。
惨めに感じることもあると思う。
だから”出来ないこと”に執着しすぎない方がいいと思うよ。
出来ない出来ない出来ない出来ない、、、、
って思ってしまうと気が滅入ってしまうから。
”今出来ること”に焦点を当てて伸ばしていけば良いんだと思う。
そうしていけばいつか、”出来ないこと”が工夫をすれば出来ることに気がついたりするんだ。
それに気がつくのは時間とアイディアが必要だったりするから、それまでは”今出来ること”を楽しんでやっていけば良いんじゃないかな。
楽しむ事は本当に大切だと思う。
どんなに小さな事でも、楽しむか楽しまないかは自分次第で、どうせ同じ事をするなら楽しんでやった方がいいと思うんだよね。
そうやって日々、些細な事でも楽しんで取り組んでいけば、いつか目標も見つかるはず。
目標に向かっていけばまた新たな問題、課題、挫折する事だってあるかもしれないけど、少なくとも、ベッドの上で天井を見上げている時間はなくなると思う。
人間、夢や目標がないと前に進めないもの。
それを見つけるまでは時間がかかるかもしれないし、いつ見つかるかもわからない。
だからそれまでの時間はもったいないから、些細な事でも楽しんで日々過ごして行けばいいんじゃないかな。
それでも人生はまだ続く、逆転を目指そう
あなたは交通事故にあって体が不自由になり車椅子生活になった。
でもこれからもあなたの人生は進んでいくんだよね。
「車椅子の人間」というような新しい人間に生まれ変わった訳じゃないから、新しい人間になろうなんて考えるべきじゃない。
人生は繋がっているし、これからもずっと人生は続いていくんだから。
それにあなたは今までも必死に生きてきた。
だから過去の自分を1ミリも否定しなくていい。
今絶望のどん底にいたとするなら、この先は登っていくだけなんだよね。
登って行って登って行って幸せを目指すだけ。
巻き返し逆転で幸せを掴み取ろう。
人それぞれ道は違っていて同じ人生なんて一つもないから、実はみんな孤独に戦っている。
だからあなたも少し休んだら、もう一度一歩踏み出してみよう。
あなただけの人生であなただけの幸せを探す旅に、もう一度踏み出だしてみよう。